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その6 奄美と大和(後)

琉球の使節が軍隊を伴って海の向こうからやってきて、喜界島を従えたのが一四六六年。琉球の時代は一般に「那覇ン世」と言われ、奄美では平和な時代として認知されている。対して、続く薩摩支配では「黒糖地獄」に象徴される収奪によって、島は大いに苦しめられた。薩摩が奄美を永く生番扱いにしていたことは、奄美に島流しに遭った西郷隆盛が、島人を「毛頭人」「えびす共」と蔑んだことにも明らかだ。従って、本土では不世出の英雄として衆庶の尊敬を受ける西郷を祀る記念碑が、奄美では一介の石碑とみすぼらしい庵に過ぎないのも止むを得ない。
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奄美紀行 | comments (0) | trackbacks (0) admin