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4.幻の隊商都市

 中東有数の観光名所として、世界中にその名を知られているのが、パルミラ遺跡である。ダマスカスからバスに乗って3時間、茫漠たる砂礫の原に忽然とその姿を現す遺跡群は、壮観というほかはない。7年前に、時の村山首相がこの遺跡を訪れて、修復事業に対して日本政府も協力を惜しまないことを約束したらしい。
 遺跡群は、広大な砂漠のうちに無数に存在する。その中で、タモドールの町から見て最も奥にあるのが「墓の谷」と呼ばれる一帯だ。この辺りの遺跡はいずれも保存状態が良好で、極彩色の壁画や彫刻の繊細さは世界遺産たるに恥じない。
 さらに中心部に戻って、300シリアポンドを支払って入場するベル神殿のごときは、最も感服を要する一大建築だ。100m四方ほどの敷地に、堂々たる柱と巨大な壁面が残っているのを見ただけで、極めて壮大な神殿だったことが判る。

 この神殿から記念門を抜けると円形劇場、取引場、四面門、バールシャミン神殿と、いずれも写真でおなじみの遺跡が並ぶ。それらをひと回り見た後は、いよいよ小高い山の上にそびえるアラブ城へと向かう。
 若干の体力と精神力を要するが、山頂のアラブ城から眺めたパルミラの全景に、旅人は満足をおぼえるだろう。広大な砂漠に石造りの建物群が点在し、その真ん中をクシの歯が抜けたような柱の列が一直線に延びて、彼方にそびえるベル神殿へと続いている。その渺茫たる廃墟を、刃のような陽射しが容赦なく照りつける。

 そもそもパルミラ遺跡は、紀元前1世紀末から紀元3世紀に東西交易の中継点として栄えた隊商都市だった。それが紀元270年、ローマ皇帝アウレリアヌスによる侵略の憂き目を見ることになる。時の支配者ゼノビア女王は最後まで降伏を拒み続けるが、ついに272年、ローマ軍の征服するところとなった。

 ローマ軍が進撃せんとする折、アウレリアヌスに言ったゼノビア女王のセリフが、「かつてクレオパトラ女王が、ローマの侵攻に死をもって回答したことを、あなたは知らないようだ」というのだったとやら。

 1700年経った今は、ローマの野望も、ゼノビア女王の夢も、積み重なる歴史の1ページに過ぎない。
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