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いかにいますちちはは

 「いかにいますちちはは」は、小学唱歌『故郷』の一節で、僕の国語の師匠山本夏彦翁が、在りし日に書いたコラムのタイトル(『オーイどこ行くの−夏彦の写真コラム』所収)です。
 唄の歌詞は「つつがなしや友がき」と続くが、友がきなんて現代っ子にはわかるまい、こういう床しい言葉を失って、私たちはやさしい心を失い、孝を失い、獣や鬼に近いものになった。ゆえに帰らぬ昔の唱歌を聞くとふと涙ぐむと、夏彦翁はコラムの中で言っています。
 「いかにいますちちはは」と聞いただけで涙ぐむことはないけれど、故郷を想ってひとり涙ぐむことなら、僕も時々ないではありません。故郷を出て大学に入って、そのまま都会に棲みついた不孝者ながら、夏彦翁のいわゆる「時代遅れの日本男児」の素地が、少しはあるのかもしれません。

 ところで、「時代遅れの日本男児」(『オーイどこ行くの−夏彦の写真コラム』所収)と題して、夏彦翁が褒めちぎった藤原正彦の著作『国家の品格』(新潮新書)が、今売れに売れています。
 この本にいわく、子供には英語などより国語をしっかり教えるべきである。日本古来の古典を教えることこそ、国際人になる近道だ−という説に僕も賛成します。英語ばかり達者で喋る何物も持たない者が、品格ある日本人として振るまえるはずのないことは、旅で実感しています。

 旅先で会う人々にとっては、最初で最後の日本人かもしれない。だから、身なりはみすぼらしくとも、品格ある日本人として彼らに接したいと、僕は思っています。
 そのよりどころになるのは、つたない英会話力ではなく、故郷でかすかに受け継いだ日本らしさと、小さい頃から好きだった日本歴史の素養なのです。それなしに、自分が何者であるかを語ることはできないのです。
コラム・雑記 | comments (2) | trackbacks (0) admin

Comments

睦月 | 2006/04/19 06:03 PM
HARUさん、こんにちわ。
最近、岩手に帰ろうかと考え始めている睦月です。
・・・ちょっと東京、しんどいみたい(笑)。でも東京はなんでもあって、映画も観れない作品はなくて・・・その気になれば何でも出来ちゃう街。上京してきてちょうど一年なんだけど・・・それでもすでに東京はしんどいみたい。意味もなく気持ちがヘコんでます。
HARUさんの記事、いっつも優しくて、でも芯が強くて・・・考えさせられるの。自分が日本人であること、その中でも岩手を故郷にもつ人間であること・・・東京にいるとすぐに忘れてしまってダメね。自分を形成しているものは、ほかでもない故郷の風土や文化、日本の歴史なのにね。
・・・なんだか弱ってます。
HARU | 2006/04/19 10:15 PM
いつも会社からコメントありがとう。

睦月さん、上京してまだ1年だったの。東京は、故郷の岩手とは全然違うでしょう。風景や人付き合い、日常受ける刺激も多いし。
仕事や趣味も含めて、見ることやることが、東京にはとにかくたくさんある。で、気が付くとそれらに追われていることがままある。仕事に限らず、休息になるはずの趣味ににさえ。

やっぱりバランスが大事かな、と思います。体はひとつだし、刺激を受け入れる器にも限界がある。あっちもこっちも楽しそうだから、つい手を出しちゃうんだけどね(笑)。

睦月さんはブログでのお付き合いだけだけど、すごいパワフルだな、と思います。
でも、そのパワーを発揮するためにも、時々立ち止ってみたらどうだろう。そうしたら、今いる場所でまたやっていく意欲がわいてくるかもしれないよ。

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