未知の国
2007.07.16 Monday
と、その日の旅行紀に書いたのは8年前の春。タイ側の国境の町チェンコーンから、僕はメコン河を渡ってラオスに入国したのでした。
陸路外国に入ったのはそれが初めての体験。前夜、1泊80バーツ(約240円)の安宿でドキドキして過ごしたのをよく覚えています。当時、『地球の歩き方』にはまだラオス編はなし。東南アジア編に十数ページくらいのラオスコーナーがあって、とりあえずそれを頼りに、国境の町へ向かいました。
チェンコーンはさすが国境の町だけあって、安宿には分厚い情報ノート。そのノートには、ラオスの主要都市の地図だとか、うまい食堂だとか、要注意の安宿だとか、最新のレートだとか、旅のお役立ち情報が満載。それを自分の旅行紀ノートに写し取って入国に備えました。
情報が少ないだけに、ラオでスは未知の世界を旅しているという感慨がすごく強かった。メコン河を2日間下る途中、両岸に見る村々の暮らしのあまりの素朴さに驚いたり、毎日ヤミ両替でレート交渉にしのぎを削ったり、監獄のようなバスでの峠越えに我慢を強いられたり。短時日だったけれど、思う存分「旅」をした国です。

あの頃、首都のヴィエンチャンは町中の道路を掘り返していて、ものすごい砂埃だった。きっと今頃は全市きれいに舗装されて、一国の首都らしくなったのでしょうか。
進歩は必然で、そのスピードは想像以上に違いない。けれど、人々のあの素朴さは、いつまでも失わずにいてほしいと願うばかりです。
陸路外国に入ったのはそれが初めての体験。前夜、1泊80バーツ(約240円)の安宿でドキドキして過ごしたのをよく覚えています。当時、『地球の歩き方』にはまだラオス編はなし。東南アジア編に十数ページくらいのラオスコーナーがあって、とりあえずそれを頼りに、国境の町へ向かいました。
チェンコーンはさすが国境の町だけあって、安宿には分厚い情報ノート。そのノートには、ラオスの主要都市の地図だとか、うまい食堂だとか、要注意の安宿だとか、最新のレートだとか、旅のお役立ち情報が満載。それを自分の旅行紀ノートに写し取って入国に備えました。
情報が少ないだけに、ラオでスは未知の世界を旅しているという感慨がすごく強かった。メコン河を2日間下る途中、両岸に見る村々の暮らしのあまりの素朴さに驚いたり、毎日ヤミ両替でレート交渉にしのぎを削ったり、監獄のようなバスでの峠越えに我慢を強いられたり。短時日だったけれど、思う存分「旅」をした国です。

あの頃、首都のヴィエンチャンは町中の道路を掘り返していて、ものすごい砂埃だった。きっと今頃は全市きれいに舗装されて、一国の首都らしくなったのでしょうか。
進歩は必然で、そのスピードは想像以上に違いない。けれど、人々のあの素朴さは、いつまでも失わずにいてほしいと願うばかりです。
Comments
チェンコーンからスローボートかスピードボートのどちらで行くか迷ったのを覚えてます。
結局、体調を崩してルート変更をしたのでこのルートはいけませんでした。
確かにあのころ(私は2000年)は未知の国でしたね。
僕はチェンコーンからスピードボートに乗ってパクベンという村で1泊、翌日にスローボートに揺られて8時間かけてルアンパバーンまで行きました。途中、同乗のヨーロピアンがクスリを吸い始めたりしてね(笑)。
未知のラオス、ルート変更後はどんなルートで旅をしたのか気になります。。。