江の川の流れの奥に
2008.02.11 Monday

広島に行ってきました。
中国産地の奥、江の川沿いの三次市作木町。雪が舞い、おしんの故郷で育った僕も、予想以上の冷え込みにちょっとびっくり。そういえば、先週届いたスキー場での遭難事件も、ここからそう遠くない場所なんですね。
仕事だったため、気の利いた写真はとれませんでたが、この江の川の風景から「寒かった」ということだけは感じ取ってもらえるでしょうか(苦笑)。
三次市作木町は、平成16年の合併前は「作木村」呼ばれていました。かつて6000人いた人口が2000人前後まで減少し、ついに隣接する三次市に合併。集落のコミュニティも保てなくなりつつある、典型的な過疎の村です。
川沿いに「湊」という地名があることから、昔は江の川の舟運で栄えた時代があったことが伺えます。地元の人の話によると、日本海から鮫の肉なんかも運ばれてきたらしい。民俗学なんかやり出すと面白いですね。ある地域とある地域が、意外なところで交わっていたりする。日本の文化もシルクロード顔負けです。
ここ作木町では、地域を元気にするため、地元有志が株式会社「わかたの村」を設立。農作業の委託、特産品の販売製造、施設の管理のほかお年寄りの手助けまで、万屋的な仕事を請け負います。儲け度外視で、故郷を守ろうとする心意気に胸を打たれる。
この村には、安藤周治さんという地域づくりの名人がいます。本業は菓子店ながら、40年以上地域づくりに精力をかたむけ、今では知る人ぞ知る人物。数年前に「NPOひろしまね」を立ち上げて、県境をまたいで活動をしています。今回初めてお会いしましたが、バイタリティがあって思わずその話に引き込まれました。
総じて、元気な町や村には、こうしたキーマンがいることが多いようです。今回もまた、現場の知恵のたくましさを実感することしきり。東京にいると、世の中が見えなくなるというゆえんです。

三次市作木町は、平成16年の合併前は「作木村」呼ばれていました。かつて6000人いた人口が2000人前後まで減少し、ついに隣接する三次市に合併。集落のコミュニティも保てなくなりつつある、典型的な過疎の村です。
川沿いに「湊」という地名があることから、昔は江の川の舟運で栄えた時代があったことが伺えます。地元の人の話によると、日本海から鮫の肉なんかも運ばれてきたらしい。民俗学なんかやり出すと面白いですね。ある地域とある地域が、意外なところで交わっていたりする。日本の文化もシルクロード顔負けです。
ここ作木町では、地域を元気にするため、地元有志が株式会社「わかたの村」を設立。農作業の委託、特産品の販売製造、施設の管理のほかお年寄りの手助けまで、万屋的な仕事を請け負います。儲け度外視で、故郷を守ろうとする心意気に胸を打たれる。
この村には、安藤周治さんという地域づくりの名人がいます。本業は菓子店ながら、40年以上地域づくりに精力をかたむけ、今では知る人ぞ知る人物。数年前に「NPOひろしまね」を立ち上げて、県境をまたいで活動をしています。今回初めてお会いしましたが、バイタリティがあって思わずその話に引き込まれました。
総じて、元気な町や村には、こうしたキーマンがいることが多いようです。今回もまた、現場の知恵のたくましさを実感することしきり。東京にいると、世の中が見えなくなるというゆえんです。

Comments
でも人が減ってますますいい所に
なりつつあるかも
安心と安全の確保ができれば。
江の川沿いに広がる作木町。
今回が初めてでしたが、人情があって良いところでした。
農山村が見直されてきた今、こういう地域こそ元気になってほしいと願います。