小林紀晴 『ASIAN JAPANESE 1』
2005.07.15 Friday
広いアジアに、身ひとつで飛び出した時の興奮は、今でも忘れることができません。幼い頃、補助輪をはずした自転車に、初めて1人で乗った時のフワフワした感覚。そんな落ち着かない思いで、カトマンズ行きの飛行機から、どこまでも続く雲海を眺めたものです。
『ASIAN JAPANESE 1』(新潮文庫)は、そういった旅人の息づかいが感じられるバックパッカーのバイブルともいうべき作品です。
著者の小林紀晴は、フリーカメラマン。バックパッカーの大半がそうであるように、日常の閉塞感や自己の未熟さを乗り越えるため、著者は23歳にして会社を辞め、半年間のアジア放浪の旅に出ました。そして、旅先で出会った旅人達の姿を、同じ旅人として、またカメラマンとして、丹念に描いていきます。
脱サラして数日後、バンコク ドン・ムアン空港行きの飛行機に乗って海を渡る時の不安、1人で異国に降り立った時の興奮、行く先々で出逢う旅人の葛藤と情熱。バックパッカーを経験した人なら誰でも、本書に登場する旅人達が見せる姿に、かつての自分を重ねてしまいます。そして、自らが旅してきた町の光景や、匂いや、喧噪がたちまち脳裏に蘇るでしょう。
旅行に対して一般にイメージされる優雅さとは正反対の、時に修行のような日々を送る若者達。葛藤と情熱を秘めて旅を続ける彼らの言葉は、どれも曖昧で、いまだ確信めいたものではありません。それは、自分の将来に確かなものが見つからないまま旅に出て、確かなものを掴むために、旅を続けているからです。
自分だけの確信を手に入れるため、見知らぬアジアで必至に戦う旅人達の姿に、読者はきっと引き込まれることでしょう。
著者の小林紀晴は、フリーカメラマン。バックパッカーの大半がそうであるように、日常の閉塞感や自己の未熟さを乗り越えるため、著者は23歳にして会社を辞め、半年間のアジア放浪の旅に出ました。そして、旅先で出会った旅人達の姿を、同じ旅人として、またカメラマンとして、丹念に描いていきます。
脱サラして数日後、バンコク ドン・ムアン空港行きの飛行機に乗って海を渡る時の不安、1人で異国に降り立った時の興奮、行く先々で出逢う旅人の葛藤と情熱。バックパッカーを経験した人なら誰でも、本書に登場する旅人達が見せる姿に、かつての自分を重ねてしまいます。そして、自らが旅してきた町の光景や、匂いや、喧噪がたちまち脳裏に蘇るでしょう。
旅行に対して一般にイメージされる優雅さとは正反対の、時に修行のような日々を送る若者達。葛藤と情熱を秘めて旅を続ける彼らの言葉は、どれも曖昧で、いまだ確信めいたものではありません。それは、自分の将来に確かなものが見つからないまま旅に出て、確かなものを掴むために、旅を続けているからです。
自分だけの確信を手に入れるため、見知らぬアジアで必至に戦う旅人達の姿に、読者はきっと引き込まれることでしょう。
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