「愛国心と愛民心」と題するコラムが、23日付の朝日新聞に掲載されています。
執筆したのは、作家の藤原新也氏。
藤原氏は、インドを目指すバックパッカーのバイブル『印度放浪』(朝日文庫)の著者です。
60年代の終わりからアジアとヨーロッパを放浪した時の記録を
数冊の本にした人で、バックパッカーなら知っている人も多いはず。
藤原氏のコラムは、そのタイトルに反して、旅人らしい実感にもとづいていて、
旅人ならずとも頷かされる内容です。
「愛国心」というと、今の日本ではあまり歓迎されない言葉で、
靖国参拝や教育基本法の改正問題など、何かとモメやすい。
旅人・藤原氏は、それをもっと身近なところから考えるべきだと書いています。
愛国心の強い国は、家族や親類、地域のきずなが強い。
家族や隣人、地域での愛情のやりとりをする中で生まれてくるのだと言います。
国は人の集団が作るもので、集団の最小単位は家族。
その家族は町内に属し、町内は市町村に属し、その先に国がある。
家族のきずなや地域のつながりが壊れてしまった国の民に、
愛国心なんてあるはずがないのだと。
藤原氏がコラムで言っていることは、今までいろんな国を旅してきて僕も肌で感じています。
それに、僕が育ったのは山形県の
田舎町で、
地域のつながりが今でも強く残っている。
外国で日本のことを聞かれたら、今住んでいる東京のことよりも、
故郷のことを話します。
僕にとっての「日本」は、東京ではなくて故郷のほうだから。
それが「愛国心」だというのなら、そうなのかもしれません。
都会はすべてを均質化して、個性をなくします。
日本ではどの街に行っても似たような光景ばかりで面白味がないと、
よく言いますよね。
東京でも、日本らしいのは相撲や歌舞伎などごく限られたものばかり。
これじゃ、国への愛着がわかない人が増えても仕方がない。
僕が今まで旅してきた国の人々のように、「Welcome to JAPAN」という言葉が自然に出てくる日本に変わっていったら、「愛国心」の問題は自然になくなってしまうのかもしれません。
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