2006.05.30 Tuesday
銀座に映画を観に行くつもりが、夜に急用が入った日曜日。昼の時間を持てあまして、家にある150本近い映画ライブラリーの中から、久しぶりに観てみることにしました。今回のセレクトは『マレーナ』。有名な『ニュー・シネマ・パラダイス』『海の上のピアニスト』の、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の作品です。
この作品、僕はもちろん劇場公開時に有楽町で鑑賞済みです。もう5年も前ですが、今まで観た中で何といっても一番泣けた作品。そして一番記憶に残る作品です。
シチリア島のある美しい街を舞台に、12歳の少年レナートの切ない恋を描いた物語。戦争に突入する時代の波に否応なく翻弄される美しい女性マレーナと、彼女を一途に想い続ける少年。話しかけることもできず、姿を追うことしかできないレナートは、それでも、男たちの視線と女達の嫉妬を一身に集めるマレーナを必死に守ろうとします。やがて戦争は激しさを増し、マレーナとレナートもその渦に巻き込まれて…。
ジュゼッペ・トルナトーレは、故郷への記憶とそれへの思いを撮らせたら右に出る者はない映画監督です。たぶんこの作品も、監督自身の大切な記憶を作品にしたものでしょう。少年の頃の想い出話を、まるで、彼が観る者1人1人に語りかけているようです。
最近『嫌われ松子の一生』という作品が劇場公開中ですが、「松子」はすべての女性の中にいると、僕のお気に入り『カリスマ映画論』の睦月さんが
秀逸なレビューを書いています。
すべてとは言えないけれど、世の男性の多くは、大切な「マレーナ」の記憶を胸にしまっています。映画『マレーナ』が、多くの人の涙を誘うのは、そんな訳だからだと思うのです。
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2006.05.28 Sunday
横なぐりの雨を降らせていた東京湾上の雲がちょうど切れた頃、後方から、密貿易をたくらむ小型船が僕の乗った巡視船「やしま」めがけて猛スピードで迫ってきました。船橋には怪しげなドクロのマークが(笑)。
そのドクロを追って、海上保安庁の巡視艇3隻が猛烈にアタック!自動小銃で応戦するドクロに向かって巡視船の機関砲が火を吹いた。すると、ついに叶わないと思ったか、不審船は白旗を上げて降参しました。
世間では映画『海猿』が大ヒットして、地味な存在だった海上保安庁の人気はうなぎ昇り。今日の観閲式には3000人近い観客が集まりました。
みんな雨なのによく来るなぁ、と思いつつ、昼過ぎに巡視船「やしま」に乗船。『海猿』のテーマ曲がスピーカーから流れる中、風と雨の東京湾に出て行きました。
僕は報道関係ということで(笑)、上部デッキに陣取ってマスコミの皆さんと海上保安庁の総合訓練を見学したわけです。マスコミ勤務ではなく、「海の男」でも全然ないのだけれど、今回で2回目の見学。国土交通大臣もモーニングで参加していました。
海上保安庁にはいろんな船があって、僕が乗ったのは「ヘリ2機搭載型巡視船やしま」。そのほか中型小型の巡視船や巡視艇、北○鮮対策にもなるだろう高速警備艇、それに消防庁所属の放水船なんてのもありました。
そうそう、海上自衛隊の護衛艦が1隻来てましたが、やっぱり迫力が違います。軍艦はいかにも強そうに見える。
『海猿』は観ていないけれど、映画のような華々しい活躍の場は、海上保安庁の船にはほとんどないんだろうぁと思います。海の上で地味な訓練と警戒航行の毎日を過ごして、一朝有事の時には命がけ。しかもこっちから攻撃することは憲法違反で、正当防衛ができたとしてもマッチ棒のような機関砲で戦うのです。ほんとに頭が下がります。
そうだ『海猿』というタイトルはどこから来たのでしょう。たぶん劇場で金を払って観ることはないと思いますので、ご存知の方は教えてください。
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2006.05.26 Friday
「漱石の坊ちゃん」のような奴」
作家の今日出海がそう評した白洲次郎は、僕らの世代にはあまり馴染みのない人物。エッセイスト白洲正子の夫と言えば少し通りがいいけれど、初めて聞いた名だという人の方が多いでしょう。日本で初めてジーンズを履いた洒落者ですが、彼が遺した功績は今の日本に大きな影響を与えています。
白洲次郎の名を今ほとんど知る人がないのは、彼がもっぱら吉田茂首相の腹心として活躍した影の人物だからです。日本を占領したGHQを相手に交渉役になり、一歩も引かずに立ち向かった男。筋が通らなければ、絶対権力者のマッカーサーをも怒鳴りつけた男。アメリカ人に「従順ならざる唯一の日本人」と言わしめた男。
『白洲次郎 占領を背負った男』(北康利著 講談社)は、彼の人物像を話題豊かに描いています。
日本の自由と誇りを守るために戦った白洲次郎は、実に格好いい人物です。彼がもっとも大切にしたのは紳士の哲学「プリンシプル」で、これに反することは何事も許さなかった姿は、まるで侍のよう。「プリンシプルを持って生きること」を信念として、「プリンシプルのない戦後の日本」を憂えながら、彼は生涯を送ります。
敗戦後の日本にこんなすごい男がいたのかと僕が驚くのは、戦争に負けた日本は、抵抗もできずにGHQに従っていたと思っていたからです。そして、気骨あふれる白洲次郎の格好良さに、感激したからです。
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2006.05.22 Monday
連休故郷でのんびりしすぎて、何だか腹回りが窮屈になった(ような気がした)ので、少しジムにいいくペースを上げて体をイジメています。幸い太りやすい体質ではないし、大食いでもない。したがって気にしたことはあんまりないのだけど、もう30を過ぎて2年近く。健康と体型はタダで保つことはできません。
市ヶ谷のお堀端にある某スポーツクラブ。僕は、ここに週に1、2回通っています。小さい頃から、スキーやバレーボールや野球の練習で体を動かしてばかりいた反動ではないけれど、大人になった今は、運動はできればしたくない方です。それでも嫌々通っているうちに、通うことが習慣になって1年半が経ちました。
メニューは主にランニングと筋トレ。嫌だ嫌だと思いながら、試合で観客の注目を集めた(かもしれない)昔を思い出すと、走るペースは徐々に早まります。筋トレの重量はますます上がります。「まだまだ行けるじゃないか」と喜んだのもつかの間、帰り道膝に力が入らなかったことは1度や2度じゃありません。
やっぱり体は若くないのかと思い直して一晩寝ると、あやしや朝の目覚めはすこぶる良いのです。それに騙されて、明日もトレーニングに行くのです。
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2006.05.20 Saturday
先々週、先週に続いて、今週末もヒッチコックを鑑賞。これまた名作の呼び声高い『知りすぎていた男』(1956年米国)です。
パリの医学会議のあと、妻子を連れてモロッコを訪れたベン。ところが、現地で知り合った男が「アンブロ−ズ・チャペル」という言葉を残して何者かに殺されます。犯人は英国首相の暗殺をたくらむ一団で、ベンの息子を誘拐し、彼の口をふさごうとします。息子を心配しながら、犯人の行方を追うベン…。「ケ・セラ・セラ」の印象的なメロディーで、1956年のアカデミー主題歌賞を受賞した作品です。
序盤ののどかな休暇旅行から、事件へ巻き込まれてからの急展開、怒りと恐怖感と緊迫感に溢れたストーリーには、ヒッチコックの本領が存分に出ています。こんなに面白い作品、どうして今まで知らなかったんだろうと思うくらい、最後まで夢中になって観ることができました。
オスカーを獲得した音楽はもちろん、ヒッチコックと組むこと12作に及ぶ名カメラマン、ロバート・バークスのテンポの良いカメラワークが絶妙です。
巨匠といわれる映画監督の作品には、どれも観る者に迫ってくる力がある。それは何故か。どうやって良い作品に仕上げるか、ということを彼らが徹底的に考えた結果だと、僕は思います。ヒッチコックにしても、W・ワイラーやB・ワイルダー、それからゴダールにしても。特殊技術などなかった頃の作品には、僕らの情感に訴える名シーンがたくさんありますよね。
映画監督の、それぞれの作品にかける思いを感じることも、名画を観る楽しみのひとつです。
さて、明日は銀座で劇場鑑賞と行きたいと思います。そんな名シーンに出逢えると良いのだけど・・・。
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2006.05.17 Wednesday
6月はじめに迫った2年に1回の社員旅行。今年は韓国ということで、パスポートを用意しておくようにとのお触れがしばらく前にありました。
そのパスポート。今年の3月20日申請分からは、ICチップ入りになったのだそうです。僕は期限切れまで5年もあるので、しばらくは旧式を使うことになりますが。
実際に、日本人のパスポートは世界で大人気。特に、東南アジアなどでは日本人旅行者から盗まれたブツが、高い値で売買されると聞きます。日本はどの国とも仲が良くて信用があるから、世界で通過できない国境はほとんどない。戦後に経済援助をせっせとやってきたお陰で、日本人は外国では大事にしてもらえます。
僕も旅をしていて、税関で無礼な扱いを受けた記憶はあまりありません。日本はどんなに「良い国」かということが、こんな事からも分かるんですね。
そこでICチップを導入して、国籍や名前、生年月日などのほか、所持人の顔写真を電磁的に記録する。顔写真の貼り替えによるパスポートの不正使用や、偽造を防ごうというわけです。ただ、途上国がそれを読み取る電子機器を持っているのか、については「段階的に整備されていく」だろうと、外務省は言っています。
技術の進歩はめざましいものがあるし、テロリストによるパスポートの不正使用が心配なので、今回のような話は大いに進めてもらった方がいいでしょう。まあ、どんな対策をとっても、悪いヤツは色々考えるでしょうが…。
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2006.05.15 Monday
ウチの職場で恒例の、毎年春と秋に実施する海外調査。役員が10人程度に職員2人がついて行くのですが、それに最近は携帯電話を持たせるようになりました。出発が明日に迫って、僕の席のすぐ横にある応接セットで、出張する2人が機器のチェック。そのうち1人は普段携帯を持たない人で、ボタンを操作する手が何だかおぼつかない。
携帯電話がなくて困るということはあまりないので、忘れて家を出た日は、僕は気になるよりも、むしろシメタと思うほうです。だから、海外にまで携帯を持って出張させられる人は気の毒だと、必死に憶えこもうとする先輩を見て思ったのです。
携帯がなければ思いもよらなかった仕事を、持たされたばかりに「何故できなかった」と咎められる恐れがあります。外国で1人歩きができない人10人を連れて歩くことはすでにアクシデントなのだから、その道中では何が起こるか分かったものじゃありません。あらゆるトラブルを防ごうとして、かえって心配事を増やしているように、僕には思えます。
「機械アレバ必ズ機事アリ、機事アレバ必ズ機心アリ」と言って、世の中どんどん便利になっているのに、生活は何故か忙しくなるばかり。パソコンや携帯、インターネットのなど技術の進歩で趣味の世界は大いに広がったけれど、余計な仕事もまた増やしたはずで、僕らはそれに追われた毎日を暮らしています。
そしていくら嘆いても、なかった昔には戻れないのです
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2006.05.14 Sunday
昨日の晩から熱を出して、今日は1日家でおとなしくするハメに。こんな時は、1人暮らしの侘しさを思うものです。結局、銀座に映画を観に行こうと思っていた予定を棒に振って、ビデオ鑑賞となりました。選んだのは、ヒッチコック監督の名作『断崖』。
サスペンスはあまり観る方ではないので、ヒッチコック作品はこれで2作目です。先週観た『裏窓』が初めてで、2週続けての鑑賞となりました。今さらながら、ヒッチコックの魅力を知った感じがします。
『断崖』は、1941年制作。往年の名優ケーリー・グラント主演、相手役はこの作品でオスカーを獲得したジョーン・フォンティーン。
富豪の娘リーナは、浮世を茶にしたプレイボーイのジョニーと熱烈な恋に落ち結婚。しかし、ジョニーの好い加減な財産管理や友人関係に不安を抱き始めます。若妻の被害妄想を日常生活から巧みに表現して、観るものをグイグイ惹きつける秀作です。
ケーリー・グラント演じるジョニーは、働く不動産会社から金はクスネるは家宝の椅子を勝手に質に入れるはで、かなり酷い男です。リーナの妄想する姿はこの上なく美しくて、僕はそれだけで満足したわけですが、これが現実なら、この作品のラストに反して2人の関係は破綻するに決まってます。
世の女性の皆さん、こんな男相手に選らんじゃダメですよ。
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2006.05.11 Thursday
高松塚古墳の彩色壁画のニュースが、大きな扱いを受けています。教科書でもおなじみの、金銀箔で彩られた男女4人の群像。そこに新たな黒カビが発生したとかで、特に産経新聞などは一面で紹介しています。
今の仕事に就かなかったら、研究者の道に進んだ(かもしれない)僕には、注目せざるをえないユース。高松塚古墳は、7世紀末から8世紀初頭、奈良時代に入るか入らないかという時代の古墳です。壁画は1972年の発掘調査で確認され、「中国風の墳墓壁画の最初の発見例」と、僕の手元にある『角川新版日本史辞典』に出ています。
壁画は1300年も前の遺産なので、非常にデリケートで損傷しやすいもの。今にも剥がれそうな漆喰の上に描かれていて、カビなどによる劣化も心配です。キトラ古墳の石室に描かれた「白虎」は、ついに壁面から剥がされて保存することになりました。
僕が歴史に惹かれるのは、はるか昔に造られた、または描かれた文化遺産を前にすると、徐にその時代の空気、景色、人々が想像されて、そこに言いようのないロマンを感じるからです。法隆寺の金堂を見上げながら、1300年以上前の人々と同じ光景を見ていることに恍惚とする。そこが歴史の一番の魅力です。
日本が世界に誇るべき文化遺産を、どんな手段を使ってでも保存してほしいと、願って止みません。
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2006.05.09 Tuesday
芥川作品で今まで読んだものといえば、『羅生門』と『蜘蛛の糸』くらいしか記憶がありません。そもそも文学にはあまり馴染んでこなかったので、この歳になって今慌てて読んでます。英国人の教養ある人物が皆シェイクスピアをたしなむのなら、日本人は自らの国民的文学を知るべきです。
近ごろ、古本屋で『地獄変』(集英社文庫)を見つけて、芥川作品に触れるチャンスを得ました。この文庫には『地獄変』のほかにも11の短編が収められているので、気軽に読めるのが嬉しい。『芋粥』『鼻』『トロッコ』など、見知った作品もあります。いまさら気がつくのも恥ずかしいのですが、そういえば教科書で読んだな、という作品が多いですね。
三島由紀夫の『豊饒の海』4部作を読んだ時、三島は哲学者のようだと思いました。で、今回の芥川短編集を読んでの印象は、まるでスナイパーだ、というものです。人間の本質をズバリと、しかも端的に描く。何だか僕の師匠の夏彦翁のようです。
ただ、夏彦翁は「真面目なことを言う時は常に笑いを帯びなければならない」と言ったのに対し、芥川作品は常に真顔で、ものによっては深刻な表情で語っているように感じます。あの肖像の鋭い視線が、そう思わせるのでしょうか。
昭和2年7月、「ぼんやりした不安」という有名な文句を残して、彼は自殺を遂げました。
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